野球が好き──何気なく使うフレーズだけれども、「好き」の持つ意味は人それぞれ。使ってきたお金や時間なんて関係ないし、好きの度合いを競うことなんてナンセンス。そこに大小や優劣なんて存在せず、あるのは好きの形のちがいだけだと思っている。世の中に野球好きの人数だけある「好きの形」を探っていきたい。
そう思い立ち、野球が好きな人をインタビューしよう、と企画を発信した時、真っ先に手を挙げてくれたのが、なつほさんだった。
なつほさんは野球の中でも、とくに大学野球と社会人野球が好き。プロ野球(NPB)がメインであるぼくの知らないことを多く知っていることだろう。きっとぼくの空っぽな引き出しを満たしてくれるに違いない。そんな期待を持ってZOOMインタビューに臨んだ。(取材日2021.3.11)
衝撃的なフォームに目を奪われる
なつほさんは2021年4月から新社会人になる大学生。ここ数年は同世代の選手がプレーする大学野球を中心に観戦を行ってきたという。とはいえ、一口に大学野球といっても全国にリーグは26連盟ある。そのなかで、どのリーグを見てきたのかを聞いてみた。
「東都(大学野球連盟)を中心に観戦しています。そこで選手発掘をするスタイルですね」
”戦国東都”と形容され、毎年のようにドラフトで指名される選手がいる東都で選手発掘をメインに観戦しているというのは、もしかしてスカウト的な感覚なのだろうか。今はSNSが盛んになったこともあり、一部のファンの間では”仮想ドラフト”といった模擬ドラフトも行われている。その参加者たちは、常日頃からドラフト候補を追いかけていると聞く。
「発掘と言ってもスカウトみたいな活動ではなく、自分の知っている選手を広げていくという意味になります。気になる選手がいたらSNSで情報を追ったり、別の試合も見に行ったりしますね。球場で選手の様子であったり、応援の雰囲気を感じながら見るのが好きなんです」
球場で雰囲気を味わいながら選手を見て、SNSでさらに情報を深堀りしていくのが、なつほさんスタイル。スカウトのように選手個々の能力評価をするわけではなく、その場で感じたことをカメラやノートを使って収めていく。
好きな選手には岩田将貴(九産大→阪神育成)、糸川亮太(立正大→ENEOS)、木下朗(立正大→日通)、佐々木斗夢(立正大→BC栃木)がいるという。東都を中心に見ていることもあり、立正大のOBが多い。
だが、九産大の岩田を発掘したときが忘れられないという。
「彼(岩田)を見たときの衝撃が忘れられないんですよね。バックネット裏の少し三塁側よりから見てたんですが、こんな角度からボールが来るのかと驚きました」
岩田は左のサイドスローで変則気味のフォーム。たしかに一度見たら忘れられない。そのフォームをバックネット裏で見てたのなら、なおさらのことだろう。
ここまでの話だけで十分に野球が好きなことは伝わってくるが、そもそもの野球との出会いについて聞いてみた。
「小学生の頃、祖父が家でテレビで見てたんですよね。そこで興味を持ち兄や父とキャッチボールをしてました。これがきっかけですね」
小学生の頃から野球との縁があったようだ。しかし、片時も忘れずに野球とともに過ごしてきたわけではなく、大学生になってから気持ちが再燃した。それは赤裸々にnoteに綴られている。
インタビュー企画を立ち上げる
なつほさんは野球好きが高じて、雑誌の企画的なことも個人で始めた。なんと自分が気になる新社会人選手(現大学4年生)にコンタクトを取り、インタビュー記事にまとめたのである。
プロ・アマ問わず野球好きなら誰しもが、「インタビューをしてみたい」と思ったことはあるだろう。しかし、それを実行し形にする人はなかなかいない。なぜ、この企画を思いついたのかを聞いてみた。
「2020年はコロナの影響で、現地で野球を見ることがあまりできませんでした。辛いのは選手たちも同じなんじゃないかな? って思って。(大学)選手権や(明治)神宮大会がなくなってしまったし、なにか力になれたらいいなって思ったんです。同世代なら聞きたいこと聞けるかな。自分が聞きたい、知りたいことを聞いて、それを記事にしたらおもしろいかなってところがきっかけですね」
自分で聞きたいこと(知りたいこと)を実際に聞いてみる純粋さが、なつほさんの原動力だった。
1月末に思い立ってから3月頭に公開するまでの期間は1ヶ月と少し。ひとりで手掛けていることを考えると順調に進んだように見えるが、順風満帆だったわけではない。
「理由は様々なんですが、けっこう断られて心折れましたね。実際は12人にインタビューを考えていたのに最終的には5人になってしましました」
それでもSNSのメッセージ機能などを使って地道にコンタクトを取り、インタビューを記事に仕立て上げていった。しかし、今度は違う感情に持っていかれそうになる。
「2月にキャンプだったり忙しい時期に時間を取ってもらったのに、記事を公開したところで読まれなかったらどうしよう、って不安に押し潰れそうになりましたね。とくに2月の半ばは病んでましたね(笑)」
もちろんこの企画は個人で始めたものであり、アクセス数や売上に必達の目標があるわけではない。それでも責任感の強いなつほさんは、選手たちに時間を取ってもらった責任を感じていたのである。
しかし公開から1週間ほどで、自身が過去に書いた大学野球の魅力の記事のアクセス数を超えたことで満足感を得たようだ。企画立案から公開まで感情の波はあったが、ひとつの形をつくったことで自信もついた。
「次回は今回インタビューした選手たちのひとつ下の世代はもちろん、社会人野球の世界でプレーしている”レジェンド”と呼ばれる選手たちにも話を聞いてみたいです」
無事に公開し一定の成果を得たことで燃え尽き症候群になるどころか、次回作への意気込みを語ってくれたことからも、その自信が伝わってくる。
最後になつほさんの思いを聞いてみた。
「自己満足でやっていることが、誰かの興味につながってくれたらいいな」
野球が好きななつほさんの純粋な思いは、きっと誰かに届く。